470選手権① 大会0・1日目!学生の食欲を満たすレセプション|ハーケンジャパンネットショップ|

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ハーケンジャパンネットショップ担当の岡畑です。

こんばんは。

 

 

更新が遅れてしまい申し訳ありません。

 

 

ちょうど1か月も前の話になりますが

昨年に引き続き

全日本470選手権に参加してきました!

 

 

私は大学2回生の時から

この大会には参加しているので

今年で3回目の参加となります。

 

 

開催地は

2年前が兵庫県の新西宮ヨットハーバーで

昨年と今年が江の島ヨットハーバーでした。

 

 

オリンピックの関係で2020年までは

江の島でこの選手権を行うという風に

聞いていますので

 

あと2年間は江の島での

開催になりそうですね。

 

 


大会0日目

 

 

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0日目(8/20)は計測日でした。

計測の順番は受付が済んだチームから

空いている時間を予約できる制度で、

 

午前の早い時間から

どんどん埋まっていきました。

 

 

友人は夕方過ぎしかとることができず

私たちがホテルに帰ろうとしているときに

まだ計測の順番が回ってこずに

待ちぼうけをしていました。

 

こうしてハーバーに

取り残された人たちがチラホラ・・・

 

 

この先着で予約できるという情報を

いち早くゲットした私たちは

8組目ほどで予約でき、

 

お昼前にはすべて完了していました。

 

 

情報は早さと正確さが大事ですね!!

 

 


大会1日目

 

 

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1日目(8/21)も計測と、

ほかに開会式とレセプションがありました。

 

私は開会式前に

少しでも海面の情報を知りたい

と思い練習を行っていたので

 

開会式には参加できず、

そのあとのレセプションの途中から参加しました。

 

 

しかし、その考えが間違っていたことに

後になって気づくのです…

 

 

470選手権のレセプションでは毎回、

食事が用意されており

 

ビールがでたり日本酒が配られたりと

学生のレースしか普段参加しない私には

豪華なものだと感じます。

 

 

ですが、参加しているほとんどが

大学生ですので同じ考えを持っていたのでしょう。

 

 

レセプション会場に

5分~10分遅れて参加した私に

残されていたのは

 

食事が盛られていたであろう銀のお皿と

飾りのパセリだけでした。

 

 

大学生の食欲たるや恐ろしい・・・

 

 

結局会場で口にできたものといえば

ビールが2杯とおつまみの枝豆ぐらいでした。

 

 

ほかにもサンドウィッチや唐揚げなど

あったそうなのですが

見ることすら叶いませんでした。

 

そんな2日間を過ごし大会へと向かっていきました。

 

 


毎年参加賞がもらえ、

昨年は長そでのTシャツでした。

 

 

今回の470選手権の参加賞はドライバックでした!

 

 

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大きさは縦40cm、横30cmと

小さめですがスマホや飲み物や軽食などを

 

いれるにはちょうどいいサイズなので

これに詰めて出艇できとても便利です。

 

 

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実際に使用してみるとこんな感じです。

 

こちらは大会限定品ですので

ハーケンジャパンでも販売はしておりませんが、

 

Harken社からドライバックの

ウェストポーチを販売しておりますので

こちらをご紹介いたします!

 

「HARKEN ウォータープルーフウェストポーチ No.2285」

 

 

 

 

 

こちらの商品は

サイズは19×20×8cm

と参加賞のドライバックよりも

 

もうひとサイズ小ぶりではありますが、

小物などをいれる大きさとしては

ちょうどよいのではないでしょうか。

 

 

内容量は3Lまではいります。

 

商品詳細はこちらの記事をご覧ください。

 

☞ [関連記事] オススメ商品の紹介 ウォータープルーフポーチ

 

 

 

 


 

今回は大会0日目と1日目の

レポートを書きましたが、

 

次回は大会2日目3日目に行われた

予選レースについて書こうと思います。

 

 

また次回をお楽しみに。

 

 

ハーケンジャパン株式会社

https://harkenjapan.com/

HARKENとは③

こんにちは。

ハーケンジャパン株式会社の猪上忠彦です。

前回の続きを書きます。

 

家族四人はイリノイ州ピオリアを旅し、その後は

ニューヨークのラーチモントに数年間住んでいました。

その後、Joeはフィリピンに移り住むことを提案し、

そこでは戦争で破れて酷くダメージを受けた国の再建に

使用される大型の土木機器を開発して供給しました。

PeterとOlafはフィリピンで学校生活をしていたが、

アメリカの大学に留学するまでマニラの

アメリカンインターナショナルスクールに通っていました

Olafはジョージアにあるジョージア工科大学で

農業工業技術を専攻してました。

Peterはウィスコンシン州のウィスコンシン大学に入学し、

始めは工業技術、最終的には国際経済学を卒業しました。

、、、次回に続きます。

 

ここから、二人の兄弟がどうやってHARKENを

創っていくのかが楽しみですね。

HARKENの歴史や特徴などを

伝えていきたいと思います。

ハーケンジャパン株式会社

http://harkenjapan.com/

 

 

HARKENとは②

こんにちは。

ハーケンジャパン株式会社の猪上忠彦です。

前回の続きを書いていきます。

 

PeterとOlaf Harkenは第二次世界大戦中にインドネシアで

オランダ人とスウェーデン人の両親から生まれました。

1941年、日本はインドネシアを攻撃し、

夜間の爆撃の間、PeterとOlafと彼らの母親は

ボルネオ島に逃げました。

彼らの父親であるJoeは、非常に小さなオランダ軍で

捕虜になるまで戦いました。

Joeは5年間投獄され、戦争が終わるまで開放されませんでした。

その間、三人はボルネオ島で最初生きていたが、

その後一年後はニュージーランドに、

そして最後、1944年サンフランシスコにたどり着きました。

戦争が終わった1946年、彼らは奇跡的に父親と

再開することができました。

、、、次回に続きます。

 

HARKENの歴史や特徴などを

伝えていきたいと思います。

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